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宇津ノ谷峠 Vol.25 宇津ノ谷峠(静岡市)
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宇津ノ谷峠 静岡
Presented By 星★聖
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『宇津ノ谷峠』をご覧になるにあたって
実に興味深い、宇津ノ谷峠!

静岡市岡部町との境に、古くからその名が知られた、ひとつの峠があります。

登録有形文化財宇津の山」として知られ、「在原業平」(ありわらのなりひら)の歌で有名な、「伊勢物語」をはじめとした古典の世界に、広くその名が登場する峠が、この 『宇津ノ谷峠』(うつのやとうげ)です。

宇津ノ谷峠は、旧東海道の宿場町で、「とろろ汁」で有名な、「鞠子宿(丸子宿)」(まりこじゅく)から「岡部宿」へ抜ける途中にある峠で、「東海道五十三次」の「由井」に描かれたことで有名な「薩た峠」とともに、難所として知られるところでした。

現在では、国道1号線を静岡市内から岡部へと走っていると、それほどかつて難所として知られたその面影は感じられませんが、一本旧道に入ると、そこには時代を感じさせる石碑や建造物とともに、峠を越える山道が残されています。

そんな東海道の難所であった宇津ノ谷峠の最大の見所は、1997年5月29日に、現役のトンネルとしては初めて国の登録有形文化財となった「明治のトンネル」で、この「明治のトンネル」以後、「大正のトンネル」、「昭和のトンネル」、「平成のトンネル」と言われる計4つのトンネルが、ここ宇津ノ谷峠には造られました。

現在、同じ場所に通行可能な時代の異なるトンネルが残るこの宇津ノ谷峠は、とても珍しい場所となっているとともに、日本の道路交通の歴史を知る上でも、実に興味深い場所となっています。



宇津ノ谷峠の5つのルート!

宇津ノ谷峠には、代表的なルートが5つあります。

まず、大きく3つのルートに分かれるのですが、その1つが、現在の国道1号線が走るメイン道路で、2つ目が、前述の「伊勢物語」をはじめとした古典作品の中に数多く歌が登場した、当時の官道で、国道1号線の南側を抜ける峠道である「蔦の細道」(つたのほそみち)、「蔦の下道」と呼ばれる道です。

そして3つ目が、この「蔦の細道」とは、国道を挟んで反対側に位置する旧東海道で、小田原征伐の際に「羽柴秀吉」(豊臣秀吉)が開いたとされる道です。

宇津ノ谷峠 5つのルート

この道は、江戸時代になって宿駅制が布かれる際に、蔦の細道に比べて道幅も広く、街道沿いに民家などもあったため、東海道のルートとして官道となりました。

この旧東海道の3つ目のルートが、時代によりさらに3つのルートに分かれます。

「明治のトンネル」が誕生する以前の峠道と、「明治のトンネル」を通るルート、そして「大正のトンネル」を通るルートです。

こうして生まれた5つのルートは、この宇津ノ谷峠の歴史そのものであり、また、時代を分けるこの道の姿に、日本の道路交通の歴史が表れています。



そして誕生した、明治のトンネル!

宇津ノ谷峠を語る上で外せないのが、前述の4つのトンネルの存在ですが、最初に造られた「明治のトンネル」がある旧東海道は、2間(約3.64m)の道幅で、片側に側溝らしきものを備えた道となっていました。

明治のトンネル「明治のトンネル」が出来る以前の、標高162mのてっぺん付近を通過するこの宇津ノ谷峠の官道は、途中、斜面の崩落などの危険を伴う道となっていたため、難所として知られていました。

そんな宇津ノ谷峠に、当時村長であった「宮崎総五」の呼びかけに賛同した、「杉山喜平次(喜平治)」、「水谷九郎平」、「仁藤延吉」ら7人による結社の手により、1874年5月から掘削工事が始められ、1876年6月に完成したのが、「明治のトンネル」でした。

標高115mに造られたこの「明治のトンネル」は、日本初の有料トンネルとして知られていますが、当初「くの字」の形をしたトンネルとなっていたことや、内部に段差などがあったりしたため、決して出来の良いトンネルとは言えませんでした。

全長223m、幅5.4m、高さ3.6mという「明治のトンネル」でしたが、1896年に、照明としてトンネル内部に吊るされていたカンテラから失火し、トンネルの一部が崩落し、通行そのものが出来なくなってしまいました。

その後、1904年に修復され生まれ変わったのが、現在の「明治のトンネル」ですが、それまでのくの字から一直線なトンネルとなり、内壁も耐火性のある赤レンガで覆いつくされたため、全く新しいトンネルとなりました。

それに伴い、全長も203mと短くなり、幅も4.0m、高さも3.9mとなりました。

以後、その利便性から、大いに賑わいを見せた「明治のトンネル」でしたが、時代の変遷の中、1889年4月に、静岡〜浜松間に「鉄道」が開通すると、主役の座を追われ、やがて利用者も減っていくようになりました。

そんな中、再びこのトンネルに脚光を浴びせたのが、次なる文明の利器でした。



時代に翻弄されたトンネルたち・・

多くの人馬が行き来していた「明治のトンネル」が、鉄道により、その座を追われていた頃、次なる文明の利器である「自動車」が登場し、その普及とともに、この「明治のトンネル」は、再び表舞台へと返り咲こうとしていました。

大正のトンネルしかしながら、自動車社会の発展とともに、トンネルの規格そのものが、大きく変り始めたこの時代の流れに対応できなくなっていたため、大正時代になると、この「明治のトンネル」の西側に、新たなるトンネルが計画されました。

それが、旧東海道を走る県道208号線にある、大正末期の1926年に着工され、昭和になった1930年に完成した、「大正のトンネル」でした。

トンネル上部に刻まれているように、正式には、「宇津ノ谷隧道(昭和第一トンネル)」と言われるこのトンネルですが、後に出来た「新宇津ノ谷隧道(昭和第二トンネル)」との区別や、大正時代に計画がスタートしたということから、一般的には「大正のトンネル」と呼んでいます。

この「大正のトンネル」は、「明治のトンネル」とほぼ同じ高さの、標高107mの位置に造られました。

標高的な違いが少なかったため、長さも24m差の227mとなっていますが、道幅で3.3m、高さで0.4m大きくなった、幅7.3m、高さ4.4mというサイズのトンネルは、自動車の通行に充分対応できる規格で造られており、現在でもトンネル自体は、大型車の通行も可能となっています。



日本最大の幅員だった、昭和のトンネル!

その特徴的な断面の形から、「かまぼこ型」と言われるこの「大正のトンネル」でしたが、急激な自動車社会の発展による交通量の増大に、やがてこのトンネルも悲鳴をあげることとなりました。

昭和のトンネルあまりの交通量の増大に、対応しきれなくなった「大正のトンネル」に替わって、スムーズな通行を第一に考えた新たなルート設定と、大幅に規格をアップさせた新しいトンネルの建設が待ち望まれました。

そんな中誕生したのが、「昭和のトンネル」こと「新宇津ノ谷隧道(昭和第二トンネル)」で、このトンネルは現在も、東西交通の要となっている、国道1号線の上り線専用のトンネルとして活躍しており、途切れることなく日々多くの車がここを通過しています。

9.0m、高さ6.6mで、当時としては、日本最大の幅員を持つトンネルとして誕生したこの「昭和のトンネル」は、将来を見据えたルート設定と、上記2つのトンネル規格を大幅に上回る設計がなされ、1957年に着工し1959年に完成しました。

この「昭和のトンネル」は、その断面の広さもさることながら、造られた標高が70mという、一気に37mも下った位置に掘られたため、通行を容易にするとともに、それに伴いトンネル長も844mと、4倍近い長さとなりました。

この「昭和のトンネル」の開通により、常時対面通行が可能となり、交通量の増大に対応するとともに、車社会において大幅にその利便性を向上させました。



渋滞の名所!宇津ノ谷トンネル

しかしながら、交通量の増大は想定以上に止まることを知らず、静岡市の発展や、トンネルを越えての生活圏・通勤圏の拡大などにより、このトンネルもまた時代の流れに対応できず、トンネル前後では渋滞が蔓延化していきました。

平成のトンネル と 昭和のトンネルわたしが静岡に住むようになった頃は、この「昭和のトンネル」が主役だった時代でしたが、東名高速を利用しない長距離トラックが常に連なっており、朝夕は、慢性的に渋滞する名所となっていました。

東名高速とは別に、志太地区と静岡市を結ぶ道としては、この宇津ノ谷峠のトンネルともう1つ南側に、国道150線が走る「日本坂トンネル」がありましたが、こちらも渋滞の名所と化しており、同じようなありさまでした。

テレビやラジオの交通情報を聞けば、必ずこの「宇津ノ谷トンネル」と「日本坂トンネル」の言葉を耳にするような状況で、急ぎの用の場合などは、わざわざ焼津〜静岡の一区間だけ、東名高速を利用していたほどでした。

道の駅 「宇津ノ谷峠」そんな中、計画が進んでいたのが、この「昭和のトンネル」に平行してもう1本トンネルを掘るという上下線の2車線化で、トンネルの前後のバイパス整備事業とともに、1990年から工事が進められました。

1995年に開通し、この一連の事業により誕生したのが、「平成のトンネル」こと、「平成宇津ノ谷トンネル」(下り線専用)で、規格は、ほぼ「昭和のトンネル」と同じ、全長881m、道幅11.25m、高さ6.58mというものでした。

現在このトンネルは、リニューアルされた「昭和のトンネル」(上り線専用)とともに、国道1号線のトンネルとして、日々利用されています。

この宇津ノ谷のトンネル整備事業とともに、国道150線の日本坂トンネルも、2003年に上下線とも2車線化されたため、現在この地区の道路状況は、昔を知る人からすれば驚くほど改善されており、平坦な道をスイスイと走り抜けて行くことから、かつてこの宇津ノ谷峠が、難所で知られた場所であったことさえ知る人も少なくなってきました。

明治のトンネル 入口前明治・大正・昭和・平成と、4つの時代に計画されたすべてのトンネルが現存し、尚且つ通行可能となっているこの宇津ノ谷峠は、時代時代のトンネルの歴史を知ることが出来るとともに、日本の道路交通の発展を、じかに肌で感じながら学べるとても貴重な場所となっています。

明治・大正の2つのトンネルには、車で直接行くことができますが、ここは国道一号線にある「道の駅」に車をとめ、ゆっくりと峠道を散策してみてください。

旧天城トンネル」以上に寂しい場所となっているため、ほとんど人影も見られない場所となっていますが、「明治のトンネル」の静岡側の入口には、ちょとした休憩場所も設けられており、春には桜の花が楽しめる場所となっています。

美味しいお蕎麦屋さんもありますので、是非一度、日本の道路交通の歴史が学べる宇津ノ谷峠に、足を運んでみてください。
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宇津ノ谷峠 情報
■所在地 静岡市駿河区宇津ノ谷
■問合せ 054-251-5880(静岡観光コンベンション協会)
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