1/16放送 『星ナビ★第41回』

白隠禅師のお墓

FM77.7MHz「VOICE CUE エフエムみしま・かんなみ」の「星ナビ★~あの街、この町、ここ最高!!」の1月16日の放送は、『駿河には 過ぎたるものが 二つあり 富士の小山に 原の白隠』と謳われ、500年に1人の名僧と言われた「白隠禅師」についてお話しました。

白隠さんは、沼津市原の長沢家の三男として生まれ、15歳で地元「松蔭寺」にて出家、そこで白隠と名乗ると、その後全国行脚へと旅立ちました。

30過ぎで松蔭寺に戻ると、その後は住職として、地元や臨済宗の復興に尽くすと共に、1768年に84歳で亡くなられるまで、様々な書画を残しました。

番組内では、そんな白隠さんの足跡をたどると共に、現在分骨されている3ヶ所の白隠さんのお墓についてお話ししました。

一つは当然ながらこの「松蔭寺」にあり、弟子達でしょうか、多くのお墓に囲まれながら建っていますが、放送中にも触れましたが、3つある大きな墓石の真ん中の大きなものではなく、向かって左手が白隠さんのお墓となります。

墓石の裏手に廻ると、白隠さんが亡くなられた明和5年の月日が刻まれており確認できます。私も最初に訪れた時には、真ん中の大きな墓石と思い込んでいて、そのまま気づかずに拝んで帰った思い出があり、思い込みは怖いな・・・と。

過去にも河津の来宮神社で、有名なクスノキをやはり思い込みで勘違いしたり、大分の富貴寺では、石仏を隣のものと間違ったり、ぱっと見の見栄えや大きさで判断すると、とんだ間違いをすることがあります。このお墓の間違いに気づいた時には、なにか白隠さんに教えられた気になったのを、今でも覚えています。とは言え、その後も勘違いは続いていますが・・・

そして2つ目が「龍澤寺」で、地元三島ということで、リスナーのみなさんもよくご存じのお寺だったことから、時間の関係で、紹介だけで内容は省かせてもらいました。

そして3ヶ所目が、富士の「無量寺」で、このお寺は廃寺となり現在は無いのですが、4月の第2回の放送の時にご紹介した、かぐや姫発祥の地のひとつとされる「竹採公園」が、この無量寺の跡となり、現在園内に白隠さんのお墓がひっそりとあります。

公園近くには、供養のために建てられた「白隠塔」もあり、セットで訪れて欲しいところです。

そして最後にご紹介したのが、沼津のマリーナ近くにある「照江寺」で、昨年の10月にニュースにもなったのですが、ここの住職が還暦を過ぎてから10年がかりで刻み続けた、白隠さんゆかりの書画の石碑群が見られます。

約60基にも及ぶ作品が並び、現在もコツコツと作業は進んでいるようです。

始めは白隠さんに限らず、気に入った書を中心に木彫りをされていたのがこうじて、やがて石となり、数々の作品がうまれていったようです。

我流で全く一から始めたそうで、やっていくうちにいろんな技が身につき、現在では素晴らしいタッチの作品がうまれているというわけですが、本堂内の木彫りの書を拝見していると、どれも驚くものばかりで、国宝鑑定をされる方が、素材の使い方が上手いと褒めてくれた・・・と、住職は喜ばれていましたが、わたしは余白・間のとり方に惹かれました。

その事を住職に告げると、禅の世界では余白が大事!と。

白隠さんの石碑群も素晴らしいのですが、是非訪れる方は堂内の木彫りの書画も見せて頂いて下さい。お寺にあるもののほとんどが、住職が模写したものであり、いろんな書体が一同に楽しめるのがこのお寺の魅力でもあります。

書体と言えば、門前には以前ご紹介した、唯念さんの名号碑も建っていますよ!

番組最後にお届けした曲は、かぐや姫の『妹』でした。