1/30放送 『星ナビ★第43回』

赤い靴

FM77.7MHz「VOICE CUE エフエムみしま・かんなみ」の「星ナビ★~あの街、この町、ここ最高!!」の1月30日の放送は、おもしろ百選シリーズの第5回目で、「日本の歌百選」についてお話しました。

文化庁と日本PTA全国協議会にて、2006年に選定、2007年1月に発表されたこの百選。選考の結果絞り切れずに101曲となっていますが、童謡から『世界でひとつだけの花』や『川の流れのように』など、幅広く選曲されています。

そんな中で、静岡県にゆかりのある曲をピックアップして、いつもと違った形で、歌を入れ込みながら放送しました。

最初にご紹介したのが、1922年に発表された、作詞:野口雨情、作曲:本居宣世の『赤い靴』でした。

現在「日本平」に銅像が建っていますが、現在の静岡市清水区に住まわれていた岩崎かよさんと、その娘きみさんがモデルとなっている歌です。

母が北海道の農場へ行くこととなり、その過酷な労働環境から、娘を宣教師夫妻に託していったものの、その宣教師夫妻が本国へ帰ることとなり、その際きみさんが結核に侵されていたこともあり、孤児院へと預けられその後9歳で他界。母親は、娘は宣教師夫妻の養女となり、一緒にアメリカへ渡ったと信じたまま一生を終えた・・・という、少しせつない物語です。

実際には始めから孤児院へ預けられていたが、母親を安心させるために、そういう話にした・・・という説もありますが、いずれにせよ母かよさんは、娘は宣教師の養女となりアメリカへ渡った・・・と生涯信じきっていたようです。ちなみに作曲をされた本居宣世氏は、あの本居宣長の子孫にあたる方です。

次にご紹介したのが、作詞:海野あつし、作曲:中山晋平による『背くらべ』でした。

現在の静岡市駿河区に在住だった7人兄弟の長男だった海野氏が、大学進学により上京していた際に、2年間会っていない17歳下のかわいい弟を想いながら1919年に作詞した歌です。

2年間会っていないことから、「♪柱の傷はおととしの?」となっているのですが、この海野氏も1923年にこの歌が発表された2年後の5月に、28歳の若さでやはり結核で亡くなられています。5月だったのも何かの縁かもしれませんね。
現在、西豊田小学校内に、歌碑が建てられています。

自分も実家の柱に傷を付けていましたが、最近ではあまり見ない光景ですよね。昭和だなぁ~と。住宅環境も一変し、在来木造建築が減ったり、マンションや柱のない壁工法のプレハブ住宅が多いこともありますかね・・・

そして最後にご紹介したのが、作詞:富原薫、作曲:草川信による『汽車ポッポ』でした。

番組内では、同名の違う『汽車ポッポ』を流してしまい、生放送らしい場面もありましたが、この曲は、御殿場線ののどかな車窓の景色を歌ったものですが、実は原詩は、御殿場駅の出兵の光景を歌ったものでした。
御殿場在住だった富原氏が、戦地へ向けて旅立つ兵隊を見送る光景を詩にしたもので、タイトルも『兵隊さんを乗せて』でした。

終戦後の紅白にて歌われる際に、GHQからの指示もあったんでしょうね、歌詞が本人により改作され、現在も愛される歌となりました。

元の歌詞では、「♪兵隊さんを乗せて~」が「♪僕らを乗せて~」となり、「♪万歳 万歳 万歳 兵隊さん 兵隊さん 万々歳」が、「♪走れ 走れ 走れ 鉄橋だ 鉄橋だ 楽しいな」になったわけです。

ある意味、戦争の無い世の中になったことを象徴するような歌なのかなぁ~と。
現在、御殿場駅前に「ポッポ広場」というのが設けられており、そこにD52とともに歌碑が建てられています。

番組最後にお届けした曲は、堺正章&東京放送児童合唱団で『北風小僧の寒太郎』でした。