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とても珍しい!黄檗宗の寺院
かつて富士川の水勢をくい止めるために築かれたという、「雁堤」(かりがねづつみ)のそばの富士市松岡に、ちょっと変わった伽藍配置を見せるひとつのお寺があります。
まるで、初期のジャッキーチェン映画に出てきそうな、中国色が漂うそのお寺が、『瑞林寺』(ずいりんじ)です。
この「瑞林寺」は、臨済宗、曹洞宗に次ぐ三番目の禅宗として知られる、「黄檗宗」(おうばくしゅう)のお寺となっており、そのことがこの境内の雰囲気を醸し出しています。
黄檗宗は、江戸時代の1654年、「いんげんまめ」のルーツとしても有名な、「隠元隆g」(いんげんりゅうき)禅師により、日本に伝えられた臨済禅の流れを汲む宗派で、臨済宗の一派としてくくられた時期もありましたが、明治時代に入った1876年からは、第三の禅宗として独立した存在となりました。
本山は、京都の宇治にある、「黄檗山萬福寺」(おうばくさんまんぷくじ)で、鎌倉時代に伝来した臨済宗と曹洞宗が、日本の文化に沿ったものに変化しつつある中、中国禅を正しく伝えるべく、正統派として禅様式を色濃く残した宗派として知られています。
そんな黄檗宗の面影が、この「瑞林寺」にも見受けられます。
「慶派」作の重要文化財!
「瑞林寺」の縁起は、1674年とされており、当時この地を治め、開発事業に精を出していた、「古郡文左衛門」の命により招かれた、「鉄牛道機」(てつぎゅうどうき)禅師により、開創したとされています。
鉄牛禅師は、隠元禅師に付き従い、黄檗三傑とまで言われた人物で、この「瑞林寺」の他に、小田原の「紹太寺」や、東京の墨田区向島にある「弘福寺」などの開山にも寄与しました。
ご本尊として祀られている、高さ84.8cmの檜の寄木造りの「木造地蔵菩薩坐像」は、平安時代末期の作とされています。
鎌倉時代を代表する仏師である、「運慶」「快慶」で知られる慶派の仏師による作品とされており、様式としては、鎌倉時代のものとなっています。
この「瑞林寺」のご本尊である木造地蔵菩薩坐像は、かつて眠り病の守護仏として、多くの庶民に広く信仰された仏像でもあり、1982年6月5日には、国の重要文化財に指定されました。
どこかで見たな〜、この門は?
この「瑞林寺」の伽藍は、前述のように中国色を色濃く残す、黄檗宗特有の造りを見せており、「山門」やそれに続く石畳の参道は、京都萬福寺に通じるものがあります。
特に、切妻屋根の中央部分が一段高くなった、切妻造段違の本瓦葺の山門は、萬福寺総門を髣髴させる造りとなっており、いかにも黄檗宗のお寺らしい造りとなっています。
香港映画はともかく、どこかで見たな〜と思われている方も多いかと思いますが、良く似たものとしては、横浜の中華街などで見受けられる、「牌楼」(ぱいろう)が、近い存在なのかもしれません。
そんな山門を抜けると、参道が鍵型になっており、左右の石垣と、朱塗りの太鼓橋、そして竹林が、何とも言えない雰囲気を醸し出しています。
「本堂」は、幾度も改修されて入る為、さほど特徴的な印象は受けませんが、その右手にある「鐘楼」(しょうろう)は、実に興味深い建物となっています。
二階建てじゃないの?
明治時代の1882年に造られたとされるこの「瑞林寺」の鐘楼は、一見二階建てに見えるのですが、実は平屋建てで、裳階(もこし)付きの建物となっています。
裳階とは、建物の軒下壁面に取り付けられた庇状のものをいい、「薬師寺」の三重塔などが有名です。
屋根の下に短い屋根状の庇が重なっていて、三重塔が五重塔・六重塔?に見える・・・、あの部分です。
パッと見では、なかなかわからないかと思われますが、見るからに特徴的なこの鐘楼は、木造地蔵菩薩坐像、山門と並んで、「瑞林寺」の見どころのひとつとなっています。
黄檗宗特有の建築様式が見られる「瑞林寺」、この「瑞林寺」の伽藍は、富士市の指定文化財にもなっており、とても珍しいものとなっていますので、是非一度、ご自身の目で確かめに、「瑞林寺」を訪れてみてください。
| ■ 瑞林寺 〜 星★聖 の ひとこと 〜 |
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黄檗宗独特の伽藍を、是非ご覧ください! |
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