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「長島ダム」の存在感の謎!
千頭駅で、SLの走る「大井川鉄道」本線から、「奥大井湖上駅」で知られる井川線こと「南アルプスあぷとライン」へと乗り換え、奥大井の大自然を満喫しながら走っていくと、今までの田舎ののどかな景観からは想像できないような光景に、突如遭遇します。
「寸又峡」や「接阻峡」といった、四季の移り変わりが楽しめる奥大井の大自然にあって、山間の高所をぐるりと見下ろしながら走る列車の、その眼前に開けた光景の先に建つ巨大な建造物は、今までの窓を流れる景色とはかけ離れた世界へと誘ってくれます。
しばらく遠巻きに鉄道の窓から、他とは一線を画すその光景を眺めていると、「よくもまぁ〜こんなところに・・・」という驚きと、「ここまでして造らないといけなかったものなのか・・・」という思いが、複雑に入り混じります。
反面、単調になりがちだった山間の景色に変化を与え、列車の旅を楽しく演出してくれる、そんな旅の面白さを味あわせてくれる建造物が、この『長島ダム』です。
「長島ダム」は、ダムとしては「黒部ダム」や「宮ヶ瀬ダム」などに比べたら、特別大きなダムというわけではないのですが、深い山間のごくごく普通の生活圏に、突如築かれたという感じが強く伝わってくるダムで、堤高や貯水量といった数字では表せないダムの存在感を感じます。
その立地からか、はたまた公園施設がダムの堤下に広がっていることからか、見下ろすというよりも見上げるという印象を強く受けるダムで、そのことが、ダムの存在を大きく感じさせているのかもしれません。
実際に、この「長島ダム」の堤下に降り立つと、周囲を取り囲まれているような気になり、「長島ダムの」さらに上流にある「井川ダム」などに比べると、やはり全く違う印象を受けるのですが、それとは別に、どこか普通のダムとは違ったモノを感じるのも確かです。
それが何なのか? なぜ同じダムにして、そのような違った印象を受けるのか?
その答えが、「長島ダム」の施設を巡っていくうちにわかってきました。
「多目的ダム」ってナニ?
「長島ダム」は、静岡県内で唯一の国土交通省管轄の「特定多目的ダム」で、東海道の難所として知られた「大井川」上流の、河口から84kmの地点にあります。
わたしはこの「長島ダム」を訪れるまで、「多目的ダム」という言葉や、そう言われるダムの本当の姿を知りませんでした。
水力発電用の電力会社所有のダムが、本来の用途とは違う上水や農業用水などに使われたり、時に花火大会をやったり、観光用に施設を公開したりするなど、様々な利用のされ方をすることを指して、単純に「多目的ダム」と呼んでいるものだと思っていました。
たまたまいろんな利用のされ方をしている現状を指して「多目的ダム」と呼ぶだけで、この言葉が特別意味のある言葉だとは思っていませんでした。
ダムというものは、なかなか身近な存在ではないので、わたしと同じように思われている方も多いかと思いますが、この「長島ダム」にある「長島ダムふれあい館」を訪れてみて、「多目的ダム」という言葉が、正式な法律に基づく用語であり、ダムが造られた後から、いろんな事に利用されだすことではなく、初めの建設目的そのものが、多目的に使われることを想定し造られていることを知り、根本的に「多目的ダム」の認識が間違っていたことを知りました。
そもそもこの「長島ダム」が、ダム管理用以外の水力発電を行っていないダム、すなわち水力発電用のダムではないことすら知らずに、わたしはこの地を訪れていました。
「直ダム」ってなんだ?
そんな「長島ダム」をはじめとした「多目的ダム」には、いくつかの種類があるのですが、大きく分けると、この「長島ダム」のように、国土交通省直轄の、通称「直ダム」と言われる「特定多目的ダム」と、都道府県が管理する「補助多目的ダム」があります。
「特定多目的ダム」は、1957年4月に施行された「特定多目的ダム法」に基づき築かれたもので、大臣が事業主体として計画から完成後の管理までを一貫して行います。
その目的も「多目的ダム」の名前のとおり多岐にわたっており、洪水調節や水資源開発、水力発電、上水、かんがい、工業用水など、複数の用途を想定して、はじめから計画に基づいて築かれています。
また「多目的ダム」では、主用途以外にも、時にボートやカヌー競技などの会場として利用されたり、キャンプ場やレクリエーション施設などが設けられたり、ダム施設を学ぶパビリオンや、ダム内を巡る見学ツアーなど、様々な利用のされ方がなされています。
このように多くの目的でダムが利用されだしたのには、1994年に設けられた「地域に開かれたダム」整備計画が大きく影響しているのですが、現在、この「地域に開かれたダム」の指定を受けることにより、より地元に密着したかたちでのでダム活用が求められています。
地元の貴重な観光資源として、また地域活性化の起爆剤として、全国各地でこの「地域に開かれたダム」を中心に、様々な取り組みがなされています。
治水と取水が主目的!
そんな「多目的ダム」の1つである、この「長島ダム」がある大井川水系には、古くから水力発電に適した環境であるということから、ダム建設が盛んに行われてきました。
1928年に完成した「田代ダム」を皮切りに、「大井川ダム」「奥泉ダム」「井川ダム」「畑薙第一ダム」「畑薙第ニダム」と、次々にこの大井川水系にダムが造られていきました。
一方で、一級河川の大井川の治水に関してはというと、一般的な堤防整備などの河川管理以外に、歴史的被害となった1974年の「七夕豪雨」が起こるまで、これといった抜本的な対策はなされていませんでした。
また同時期に、今や政令指定都市にまで成長した静岡市をはじめとした静岡県中部地区における上水や農業用水などの、将来を見据えた安定的な供給に関して、問題視する動きがでてきました。
そんな「治水」と「取水」の両方の目的から、水力発電目的ではないダムの必要性が叫ばれ、新た計画のもと誕生したのが、この「長島ダム」でした。
新工法を生み出した「長島ダム」
「長島ダム」は、ダムの自重と重力を利用して水圧を支える方式である「重力式コンクリートダム」と呼ばれる型式のダムで、大井川水系にあっては前述のとおり、唯一の発電目的ではない、洪水調節及び水資源開発のためのダムとして築かれました。
「長島ダム」の大きさは、堤高 109m (計画当初は 112m)、堤頂長 308m、ダム天端標高 482m、総貯水水量 78,000,000m3、有効貯水水量 68,000,000m3という規模のダムで、1972年5月10日に、島田市に調査事務所が置かれたことに、ダム事業はスタートします。
1975年4月1日に、旧本川根町に調査事務所が移されると、調査も本格化していき、2年後の1977年4月18日に、調査結果に基づき「長島ダム」の建設がスタートしました。
それに伴い、のどかな山間のこの地に、工事事務所が設置されました。
それからこの巨大プロジェクトは、実際にカタチとなって動き出しましたが、ダム建設に伴う鉄道の移設や周辺道路の整備、新たな橋の建設やダム底に沈む家屋43戸を含む集落の移転など、ダム本体の工事に入るまでに12年の歳月を要し、「長島ダム」本体の工事が始まったのは、実に17年目の1989年1月31日からでした。
本体建設工事に着手した後も、街中にビルを造るのとはわけが違い、ダムの象徴ともいえるあのダム堤のコンクリートの打設までに4年半、打設完了までには10年もの歳月を要しました。
その間、1991年には、戦後最大級の大洪水により、「上流仮締切」が崩壊するという事態に見舞われ、復旧に手間取る場面もありました。
そんな中、「災いを転じて福となす」という言葉どおりに、復旧にあたっては、今や全国的に採用されている「CSG工法」によるダム建設が初めて試みられ、そのノウハウは、後の日本のダム建設に、大いに貢献するものとなりました。
この「CSG工法」は、今まで廃棄していた岩や現地発生の材料を使い、セメント系固化材をコンクリートに代わって使用するもので、時代が求める資源のリサイクルが可能なことに加え、工期短縮、さらには大幅なコスト削減をも実現しました。
この新技術による「台形CSGダム」は、「上流仮締切」の復旧工事に採用されただけでなく、1999年には「貯砂ダム」にも採用されました。
そんな新技術の誕生をみたこの「長島ダム」の建設は、数々の難工事を経て、2002年3月23日に竣工しました。
とはいえ、島田に調査事務所が置かれてから完成まで、30年という歳月を要したこの「長島ダム」の巨大プロジェクトは、あの世紀の大事業と言われた「黒部ダム」ですら、着工から竣工まで7年でしたので、日本の建設史においても、超長期化事業のひとつだったことがわかります。
砂利を運んだ使いっぱの二十歳の若僧が、現場を仕切る、いや統括責任者になっていてもおかしくない年齢になっていた訳ですから・・・、実に気の遠くなるような事業であったことがわかります。
大活躍の「長島ダム」
そんな「長島ダム」には、いくつかの働きがあるのですが、「多目的ダム」としての本来の役目としては、
@ 洪水調節を行い下流域の水害を軽減する
A 豊かな河川環境を守る
B かんがい用水を貯める
C 水道用水を貯める
D 工業用水を貯める
などが挙げられます。
@の「洪水調節を行い下流域の水害を軽減する」やAの「豊かな河川環境を守る」については、「七夕豪雨」のお話もしましたし、今さら説明するまでもないのですが、改めて面白いなぁ〜と感じるのが、洪水を防ぐために水を堰き止め大井川に放流しないという機能と、Aの大井川の自然環境を守るために、一定量の水を絶やさず流すという、相反する機能を持っていることに、単純ながらダムの面白さを感じます。
Bの「かんがい用水を貯める」としては、「牧の原台地」のお茶畑をはじめ、実に5,1450,000u、東京ドーム約1100個分と言われる農地に、作物の成長に欠かせない大切な水を供給しています。
またCの「水道用水を貯める」では、東京ドーム約15杯分にあたる、18,500,000m3の水道用水を貯えています。
またDの「工業用水を貯める」では、新たな役目として2007年4月より、1日8,640m3の水の補給を行っています。
このように、「多目的ダム」として、静岡県中部の発展に、今や欠かせぬ存在となっている「長島ダム」ですが、最大 107.5mまで水が貯められるというこの「長島ダム」の堤の最深部の水圧は、ダム幅1mあたり約5,800トンに達するとされています。
「東大寺」の大仏の重さが、約380トンと言われていますので、およそ1mあたり大仏15個分の圧力が加わっていることになります。
水が纏まった時の恐ろしさは、洪水や高波などで知られていますが、これだけの力を支えているわけですから、ダム工事の大変さがうかがい知れます。
下流に住む人々にとっては、いかなる場合であっても決壊は許されませんから・・・。
こだわりの「美しいダム」!
そんな「長島ダム」の特徴として、そのデザインの美しさが挙げられます。
美しいダムとしては、香川の「豊稔池ダム」(ほうねんいけだむ)などが挙げられますが、近代的なダムとしては、通常無機質で単なるコンクリート塊であるダムの姿が多い中で、他とは異なるイメージが、この「長島ダム」にはあります。

実はこの「長島ダム」の建設にあたっては、1992年に「鈴木徳行」氏を委員長とする、「長島ダム環境景観設計検討委員会」が設立されました。
ダムという機能優先の単調で暗いイメージを一新すべく、ダム本体から道路や橋、管理棟に看板に至るまで、その形や色、材質などに徹底的にこだわり、また照明や植栽などにも一貫したデザインテーマのもとに、トータルコーディネートが施されました。
特にダム本体のデザインに関しては、景観デザイナーであり、写真家としても知られる、東京学芸大学名誉教授であった「伊東清忠」氏を中心としたメンバーが、ランドスケープを意識しながら、材質や細部にまでこだわり考えつくしたデザイン案が、随所に採用されています。
より美しさを演出すべく、極力シンメトリーなデザインを心掛け、さらにはダムの顔となる天端には、その美しさから建材や墓石などでも利用される、自然石の「桜御影」が使われています。
写真を見ても一目瞭然で、淡いピンク色に輝くダムの顔が見てとれます。
末永く美しさを保つことを目的に採用されたこの「桜御影」は、淡いピンク色が美しい石材で、国会議事堂や全国の県庁などでも利用されており、その美しさには定評があります。
こんな石材をわざわざ使うあたりにも、「デザイン・ダム」としてのこだわりが感じられます。
心憎い「フーチング」
またこの「長島ダム」のデザインのこだわりは、ダム本体横に設けられた「フーチング」やダム下流面に設けられた「スリット」に至るまで、随所に見ることができます。
特に機能面だけを考えれば、デザインなどどうでもよいようなフーチングを、わざわざダム堤のスリット幅に合わせ、さらには高さや形を揃えた11個のブロックデザインとしているところなどは、デザインをかじった人間からすると、とても心憎い部分でもあります。
また、当初から時代をリードする形で、環境にやさしいとされる「シビックデザイン」が導入されており、いち早く地域の歴史や文化・生態系に配慮した、地域に即した形で後世にも自慢できる公共土木施設の建設が行われてきました。
そうした様々な取り組みの結果生まれたのが、この「長島ダム」であり、国土交通省中部地方整備局初の「地域に開かれたダム」として指定されると、キャンプ場の設置やダム施設の公開、公園整備にイベントの実施など、多くの人々に愛されるダムとして日々様々な取り組みが行われています。
時計回りに周るルートがおススメ!
「長島ダム」施設内をぐるっと一周していくと、次から次に面白いものを発見できます。
後で見そこなって悔しがったり、そんなのあったけ?とならないためにも、まずは千頭よりの駐車場脇にある「長島ダムふれあい館」を訪れ、「長島ダム」について、基本情報をインプットすることからはじめてください。
この「長島ダムふれあい館」では、「長島ダム」が誕生するまでの生い立ちが、映像や展示資料にて学べるとともに、ダムについての基本知識や、「長島ダム」が担っている役割、「長島ダム」の見どころなどがわかるようになっています。
「長島ダムふれあい館」の係の方が、展示資料に載っていない説明をしてくださったり、独自のダムの楽しみ方を教えてくれたりしますので、気軽に訪れてみてください。
「長島ダムふれあい館」で一通り「長島ダム」について学んだら、実際に見学に向かうわけなのですが、ここで体力に自信のない方、またどうしてもゆっくり見ている時間が無い方は、ダム堤へと向かってください。

それ以外の方は、「長島ダム」を満喫すべく、「長島ダムふれあい館」の前に広がる「四季彩公園」へと足を進めてください。
おそらく「長島ダムふれあい館」から真っ先にダム堤へと、反時計回りに周る方の方が多いかと思われますが、わたしはあへて体力的に大変な「四季彩公園」からの時計回りに周るルートをおススメします。
「長島ダム」のすばらしさを体で感じるには、絶対このルートの方がおススメであり、何より楽しいからです。
そして最後にもう一度「長島ダムふれあい館」を訪れて、見てきたものを確認しながら復習すると、かなり勉強になるはずです。
ただし、列車で訪れた際には、「長島ダム駅」が基点となりますので、この場合は、そこから「大樽広場」を目指し、反時計回りに周るコースをおススメします。
面白いぞ!長島ダム
「長島ダムふれあい館」から下った最初の「四季彩公園」には、様々な草花が植えられており、その名のとおり四季の移り変わりが感じられる公園となっています。
そんな「四季彩公園」を抜けてダム堤を前方に見ながら足を進めていくと、やがて「展望広場」に着きます。
ここで一休みしながら「長島ダム」の全景を楽しんだら、さらに下り「しぶき橋」を目指します。
「しぶき橋」では、ダムの堤の姿が間近で見られるとともに、放流の様子やコロシアムに降り立ったような、360度ぐるりと取り囲まれた光景が楽しめ、なんとも言えない雰囲気を味わえます。
はるか上空の山肌を列車が走る姿や、高所にある駅の姿、そして何よりダム堤の大きさを実感できます。
ここでダム堤の左手に目をやると、地中へ潜るようなトンネルがあることに気付きます。
このトンネルが、ダム建設前に、鉄道が走っていた「旧井川線トンネル」であり、このことにより鉄道ルートがいかに低いところを走っていたかが、現在のルートとの比較において実感できるとともに、ダム底に沈んで行った集落のことや、生活圏のグランドレベルがどの位置だったのかが視覚的に理解できます。
「しぶき橋」を渡りきったら、「大樽広場」を抜けて上っていくルートではなく、右に折れこの「旧井川線トンネル」を抜けるルートを選んでみてください。
「旧井川線トンネル」に入り、「ここを昔鉄道が走っていたのか〜」などと思いにふけながらトンネルを抜けると、あれ?となります。
そこは一見行き止まりのように感じますが、ダム堤横に、ダムデザインのところでお話した、階段付きの「フーチング」が設けられています。
階段数が24段×11ブロック、約70mくらいの階段となっていますが、活字で書くとうまく伝わらないのですが、普通の家の2階への階段数が14〜15段ですので、そこからこのフーチングの階段がどんな感じか想像してみてください。
さらには、登山道のようななだらかで不規則な階段ではなく、急で等間隔の直階段ですので、想像以上に膝にきます。
正直、体力には自信のあるわたしでしたが、一気に上るのはさすがに無理でした。
自分のペースで、休み休みゆっくり上ってみてください。
そんな苦しい階段ですが、ここでの楽しみは、1ブロック1ブロックごとに変化していく、ダム堤を背にした山々の眺めです。
徐々に「展望広場」や放流風景の見える角度が変化していき、大井川が遠のいていく感じや、見上げていた道路や鉄道の見え方が変わっていく様子が、とても面白く感じられます。
どうせ一気に上れませんから、ここは1ブロックづつ、眺望の変化を楽しんでみてください。
「長島ダム」のもう一つの顔!
そうこうして苦労して上りきると、ダム堤上からの眺めが楽しめるのですが、ここでのサプライズが、今まで見てきた堤下側の景色とは反対側の「接阻湖」の眺めです。

エメラルドグリーンでキラキラと輝く湖面に、しぶきを舞い上げ美しい輪を描く「噴水」が実にすばらしく、「長島ダム」のもう一つの顔とも言えるこの光景を、今まで目にしていなかっただけに、一種の感動がわきあがります。
この眺めを楽しんでいる頃には、フーチングを上ってきた辛さもふっ飛んで行ってしまっていることと思います。
「接阻湖」の眺めを満喫したら、次は「展望テラス」です。
再び反対側へと渡ると、3ヶ所ある展望テラスの真ん中に、いつしか「タイタニック」と呼ばれようになった「三角テラス」が見えます。
ダム堤上に飛び出ているこの三角地帯から下を覗くと、ダム堤の高さを実感できるとともに、この高さを階段で上がってきたんだな・・・と、妙な達成感にも似た満足感が味わえます。
また、遠く広がる山々の眺めも素晴らしく、いい汗をかいた後だけに、気分も晴れ晴れします。
わたしがあへて時計回りをおススメするのは、最初にラクラクこの「タイタニック」からの眺めや、「接阻湖」の美しい眺めを見てしまうのと、苦労して下から上りつめ、ダム堤の大きさや高さを体感した後に見るのとでは、全くその見え方が異なるからです。
徐々に視野が広がり、目に入ってくる世界が変わっていく時計回りのルートと、その逆とでは、この「長島ダム」を一周するワクワク感や感動が全く異なります。
わたしが強く時計回りのルートをおススメする最大の理由はそこにあります。
是非ともここは、頑張ってお疲れルートを選んでほしいものです。
 
この他、親子で楽しめる懐中電灯片手で巡る「旧井川線トンネルウォーク」や「ダム探検」、春の「芝桜」や夏のお祭りなど、一年を通じて様々なイベントが企画されていますので、是非とも「長島ダム」の公式ホームページなどで確認してから参加してみてください。
目指せ!「宮ヶ瀬ダム」
わたしが静岡に住むようになって、初めてこの奥大井の地に足を運んだ時には、まだこの「長島ダム」はありませんでした。
今ではその昔の姿すら思い出せないくらい、ダム周辺の景色は一変してしまいましたが、下流での被災の歴史を考えれば、そして今現在、台風のときでも安心して暮らせていることを考えれば、このダムの建設は、やはり必要なものだったと言えるでしょう。
しかしながら、日本全国多くのダムでよく聞かれるように、ダム底に沈んだ村や集落の人々のことを考える時、この「長島ダム」が地元にとって必要なダムであるかどうかの答えは、「多目的ダム」としてのこれからの「長島ダム」の活躍にかかっているのではないでしょうか。
「長島ダム」を訪れた際に、いろいろと説明してくださった係の方が、神奈川県の「宮ヶ瀬ダム」を引き合いに、「長島ダム」の目指す方向性を話してくれました。
一年を通して様々な試みを行い、週末には多くの家族連れが訪れ、絶え間なく賑わう「宮ヶ瀬ダム」に迫ることを目標に、現在この「長島ダム」でも様々な試みが行われています。
一本の「モミの木」に籠められた想い!
この「長島ダム」の「四季彩公園」には、1本の「モミの木」が植えられています。
まだまだダム誕生から年数が浅いこともあり、シンボルツリーというまでには成長していませんが、この木が大きく成長する頃には、あの「宮ヶ瀬ダム」の巨大なクリスマスツリーに負けないくらいのイルミネーションが楽しめるイベントが、冬の名物詞として盛大に行われていることを願います。
いつの日か、多くのカップルや家族連れで賑わう観光名所として、また、「寸又峡」「接阻峡」に続く奥大井の新しい観光スポットとして、大きく発展を遂げるダムの姿をみてみたいものです。
時に、「吉野ヶ里遺跡」や「国営アルプスあずみの公園」などがそうであるように、国の管轄でないとできない、民間の営利目的ではなかなか成り立たないサービスというものがあります。
子供だけでなく大人までが一緒になっていろんなことを体験でき、施設を通じていろんなことを学んでいける・・・、そして地元の人々への貢献も忘れない・・・そんなサービスは、なかなか民間施設では難しい面があります。
この「長島ダム」も、税金の無駄づかいと言われないように、地域の方々と共存しつつ一丸となった、開かれたダムの新しい姿を見出してほしいものです。
流木チップの無償配布など、新しい動きも感じさせる「長島ダム」ですが、みなさんもそんな「長島ダム」の今後の姿に注目しつつ、奥大井を訪れてみてください。
| ■ 長島ダム 〜 星★聖 の ひとこと 〜 |
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とにかく家族そろって楽しめる「長島ダム」へGO! |
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