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静岡浅間神社 Vol.34 静岡浅間神社(静岡市)
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静岡浅間神社 静岡
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『静岡浅間神社』をご覧になるにあたって
静岡の守護神!「おせんげんさん」

静岡の町で、神社と言えば、まっ先にその名が挙がるのが、「おせんげんさん」として皆に親しまれている、ここ 『静岡浅間神社』(しずおかせんげんじんじゃ)です。

静岡浅間神社 大拝殿「静岡浅間神社」は、駿河国総社として、また静岡の守護神として広く信仰を集めており、初詣をはじめ七五三や願掛け、お祓いなど、静岡の人々の生活と切っても切れない関係にあります。

また、「徳川家康」ゆかりの神社としても知られており、県外から多くの観光客が訪れるとともに、春には境内にたくさんの桜が咲き、桜の名所としても知られています。

そんな「静岡浅間神社」は、静岡駅から県庁や「駿府城跡」である「駿府城公園」前を抜け北西へと走る、通称「御幸通り」・「安倍街道」と呼ばれる県道27号線と、「長谷通り」・「麻機街道」(あさばたかいどう)と呼ばれる市道とに挟まれた、「賤機山」(しずはたやま)の麓にあります。

この賤機山は、「賤機山⇒賤ヶ丘⇒静岡」と、静岡の地名発祥の地として知られるところであり、6世紀頃の豪族の古墳と思われる「賤機山古墳」が山の中腹にあり、この「静岡浅間神社」のある一帯が、昔よりこの地で中心的な役割を果たしてきた場所であることを今に示しています。



浅間神社の女神様!

「浅間神社」という名は、関東近郊をはじめ、日本全国あちこちで耳にする名前なのですが、富士山信仰と深く関係のあるこの神社は、富士山麓や富士山を望む地に多く点在しています。

静岡浅間神社 大拝殿その浅間神社の総本社は、「富士宮やきそば」で知られる富士宮市にある「富士山本宮浅間大社」で、古くは「富士大神」(ふぢおほかみ)」を、現在では「浅間大神」(あさまのおおかみ)・「木之花咲耶姫命」(このはなさくやひめのみこと)を主祭神とする神社となっています。

木之花咲耶姫命は、「木花之佐久夜毘売」とか「木花開耶姫」とも書かれる女神様で、木の花が舞うように美しい女性として、古事記にも登場しています。

この木之花咲耶姫命は、火の神または山を鎮める水徳の神として、日本一の富士山に鎮座して、広く東日本一帯を守護しており、家庭円満安産火難消除などの神として崇められています。

また、木之花咲耶姫命の名前より、浅間神社では「」が御神木とされており、境内に桜の木が多く植えられ、この「静岡浅間神社」のように桜の名所として有名な場所が多いとともに、「」が神の使いとなっているところが多く見受けられます。

後に、三代将軍「徳川家光」の逆鱗に触れ、駿河・甲斐の両国を没収され、高崎城にて自害にすることとなった家光の弟、駿府城主「徳川忠長」(とくがわただなが)が、その一因ともなった、「静岡浅間神社」裏の賤機山で、この神の使いである猿を狩った事件は、あまりにも有名な出来事となっています。



家康公ゆかりの神社

そんな賤機山の麓に、東京ドームの大きさにほぼ匹敵する、約13,600坪にも及ぶ敷地を構える「静岡浅間神社」は、平安時代以降、鎌倉幕府をはじめ、織田家・今川家・武田家・徳川家と、時代時代に篤く崇敬され、宝物の寄進、装束類の下賜、社領の安堵など、明治時代まで実に手厚い保護を受けてきました。

静岡浅間神社特に家康公とのつながりは深いものがあり、今川氏の人質として、今川家の菩提寺である「臨済寺」に預けられていた家康公が、1555年に、14歳にしてこの「静岡浅間神社」にて元服したことは有名であり、境内には、家康公着初めの腹巻が残されています。

また、大御所時代の1607年には、天下泰平・五穀豊穣を祈願して、駿府入城の折に、先例に習い「建穂寺」から「静岡浅間神社」へ「稚児舞」(ちごまい)を奉納したとされ、その後、江戸幕府庇護のもとに、毎年この稚児舞の奉納が盛大に執り行われるようになりました。

現在でもこの稚児舞の奉納の儀式は続いており、毎年4月5日の「廿日会祭例大祭」の際には、カタチこそ変われど盛大に稚児舞の奉納が行われています。



立川流彫刻に狩野派の絵!

そんな「静岡浅間神社」の境内には、たくさんの社殿が建てられているのですが、1971年に摂末社も含め社殿24棟が、1999年には宝蔵・神廐舎の2棟が、国の重要文化財に指定され、計26棟が国の重要文化財という、建築物としてもとても見どころの多い神社となっています。

静岡浅間神社 立川流彫刻前述のように、江戸時代に、家康公ゆかりの神社として、江戸幕府により手厚い保護を受けてきた「静岡浅間神社」の社殿は、火災により幾度か焼失を繰り返してきましたが、 寛永年間(1624年〜1643年)と文化年間(1804年〜1817年)に、大規模な造営が行われました。

現在の社殿の多くは、1804年から60年余りもの年月をかけて造られたもので、造営費が当時の通貨で10万両と言われており、なかなか現在の貨幣価値に換算するのは難しいのですが、だいたい数十億くらいだったとされています。

漆塗りの極彩色を放つその社殿の数々は、「久能山東照宮」や「日光東照宮」などの建築物を思わせる絢爛豪華な装飾が施されたものが多く、その社殿の多くに、「善光寺」や「諏訪大社」などの彫刻で知られる、立川流の初代「立川和四郎 富棟」(たてかわわしろう とみむね)や2代目「立川和四郎 富昌」(たてかわわしろう とみまさ)をはじめとした一門の彫刻が施されており、実にすばらしい造形美を見せており、その色彩・彫刻の装飾的な美しさから「東海の日光」との異名も持っています。

静岡浅間神社 大拝殿代表的なものとしては、本殿の「張果老」や「粟穂に鶉」、大歳御祖神社(おおとしみおやじんじゃ)の「鳳凰」、八千戈神社(やちほこじんじゃ)の「二十四考」や「麒麟」、楼門の「力士」や「水呑の龍」などがあります。

本堂のみならず、すべての社殿においてすばらしい彫刻が見られるとともに、「大拝殿」の132畳敷きの広間の天井には、伊川院「狩野栄信」(かのうながのぶ)と、融川院「狩野寛信」による墨絵の「八方睨の龍」・「四方睨の龍」、極彩色による「天人」・「伽陵頻伽」(かりょうびんが)の計10面が描かれており、こちらもすばらしいものとなっています。

見どころが多いと言えば、彫刻のみならず、社殿そのものの造りも特徴的で、浅間神社特有の「浅間造」と呼ばれるその造りは、楼閣さながらの高さを誇り、特に、高さ25mにも及ぶ「大拝殿」は、木造神社建築としては異例の高さを誇っており、実に見ごたえのある建築物となっています。



三つ合わせて「静岡浅間神社」!

全国各地、名のある神社を訪れると、よく摂末社として、その境内に多くの神社があるところがありますが、この「静岡浅間神社」を訪れてみて、多くの方が驚かれるのが、この「静岡浅間神社」という名が、「神部神社」(かんべじんじゃ)・「浅間神社」(あさまじんじゃ)・「大歳御祖神社」(おおとしみおやじんじゃ)という三社の総称であり、摂社ではなく3つの社が対等にあるということです。

静岡浅間神社 総門現在では、「静岡浅間神社」として、母体はひとつとなっていますが、もともとは別宮として独立していた神社が集まったものであることから、今でも祭事などは、個々に独立して執り行われています。

その三社の内、最も歴史のある神社となっているのが、駿河国総社と呼ばれる由縁でもある「神部神社」で、「石鳥居」のある長谷通り側の「総門」を正面に建つ本殿の右側に祀られています。

主祭神として「大己貴命」(おおなむちのみこと)を祀っており、延命長寿縁結び除災招福の神として崇められています。

その歴史は、今から2100年近く前の紀元前にまで遡り、第10代天皇である「崇神天皇」(すじんてんのう)の頃に、この地に鎮座したとされており、それ以来、この地を治める者に崇拝され、平安時代には駿河の国の総社として崇められていきました。

三間社流造りのこの本殿は、1804年に着工し、10年の年月をかけ1813年に完成したものなのですが、その大己貴命が祀られている本殿の左側に祀られているのが「浅間神社」の主祭神である前述の「木之花咲耶姫命」で、家庭円満安産の神として広く信仰されています。

静岡浅間神社 楼門浅間神社は、この三社の中では「静岡浅間神社」という名前とは裏腹に、最も歴史が浅いものとなっており、901年に、第60代天皇である「醍醐天皇」の勅願により、「富士山本宮浅間大社」より分身して「冨士新宮」として、神部神社の隣に祀られたとされており、楼門には今も「當國總社・冨士新宮」の文字の額が掲げられています。

わたしもそうでしたが、多くの方がこの「静岡浅間神社」を訪れるまでは、その名前から単純に「木之花咲耶姫命」だけが祀られたひとつの神社だと思われているようですが、実はこの「静岡浅間神社」には、現在に至るまでの長い歴史の中で、幾度となく変遷が繰り返されてきました。



もう一つの社!「大歳御祖神社」

そんな神部神社・浅間神社と並び三社に数えられている神社が「大歳御祖神社」で、こちらは、他の二社とは明確に社殿が分かれており、「静岡浅間神社」から南へと延びる浅間通り側の「赤鳥居」を正面にして建てられています。

大歳御祖神社 神門主祭神は、「大歳御祖命」で、第15代天皇である「応神天皇」の時代の273年に鎮座されたとされています。

昔、安倍川沿いにあったという安倍の市の守護神として崇められてきた歴史があり、そのことから、農業や漁業・商工業など幅広く産業繁栄の神として崇められています。

三間社流造りの本殿は、1821年に着工し、15年の年月をかけ1836年に完成したもので、他の二社同様、国の重要文化財に指定されています。

大歳御祖神社 拝殿同時期に、拝殿も造られましたが、こちらは戦争で焼失してしまったため、現在の拝殿は鉄筋コンクリート造のものとなっています。

桜の花がとても映える大歳御祖神社は、浅間通りの参道には近いものの、駐車場からは遠いため、二社だけお参りして帰られる方も多いようですが、特に初詣などで、会社としてお参りされる方などは、商売繁盛のためにも、こちらをお参りすることをお忘れなきようお願いします。



実にすばらしい!「八千戈神社」

入母屋造銅瓦葺で、漆塗極彩色を施された「八千戈神社」(やちほこじんじゃ)は、大己貴命荒魂を祀り、もともとこの地にあった末社十八社の神々を相殿に祀るとともに、スポーツ・武道の神様として崇められています。

八千戈神社この八千戈神社は、もともとは家康公が念持仏としていた、大河ドラマ「風林火山」でも、「山本勘助」が所持したことからその名が有名となった「摩利支天」像を安置するために造られたものでしたが、明治の神仏分離令により、現在では近くの今川家の菩提寺である「臨済寺」へと、その像は移されています。

また、この八千戈神社も、立川流の素晴らしい彫刻が見られるのですが、特に蟇股(かえるまた)に彫られた中国の孝行物語である「二十四考」のうち16個の彫刻は有名で、下絵を地元駿府の絵師「中川梅縁」が描き、2代目「立川和四郎 富昌」が彫ったものとされています。

この八千戈神社は、写真だけを見たならば、大きさこそ小さいものの、これが「静岡浅間神社」か・・・と、思わず納得してしまうくらい三社に負けず劣らず豪華な造りをしており、三社がなかなか遠くからでは本殿彫刻が望めない中、この八千戈神社は、一番身近にその造りのすばらしさが感じられる場所となっています。

この社殿の大きさで、ここまで絢爛豪華な造りをした神社は、日本全国そうあるものではないのではないでしょうか。



「観阿弥」終焉の舞台!

この他、「本居宣長」(もとおりのりなが)や「平田篤胤」(ひらたあつたね)などの国学者の四柱を祀る「玉鉾神社」(たまほこじんじゃ)や、医薬の神として薬関係の方々に特に崇拝されている「少彦名神社」(すくなひこなじんじゃ)、「山宮」と呼ばれ、もともと三社と同格の独立した神社であり、前述の木之花咲耶姫命の父神である「大山祇命」(おおやまつみ)を主祭神とし、「日本武尊」も並べて祀る「麓山神社」(はやまじんじゃ)など、たくさんの神様が、この境内には鎮座しています。

静岡浅間神社 赤鳥居主祭神も違えば時代もご利益も様々な社が、境内にはあちこちあり、しかも通常の神社に見られるような摂末社の構えとは異なり、もともと独立していた歴史があるがゆえに、どれも堂々とした造りで、実に見ごたえのあるものとなっています。

初詣や厄祓いなどでしか、この「静岡浅間神社」を訪れたことがない方は、是非一度、歴史的建造物として、境内にある社殿の数々を見てまわってみてください。

静岡浅間神社 舞殿きっとそのひとつひとつの造りの素晴らしさに驚くとともに、駿河国総社として、また静岡の守護神として広く信仰を集める「静岡浅間神社」のすばらしさに、改めて気付くのではないでしょうか。

室町時代に、息子の「世阿弥」(ぜあみ)とともに、「」を大成させたことで知られるの「観阿弥」(かんあみ)が、1384年に、生涯最後の舞いを披露したのもこの「静岡浅間神社」でした。

その後この地で世を去ったことから、観阿弥終焉の舞台としても知られているこの「静岡浅間神社」は、お祭りの舞台として、また相撲の巡業の場などとしても広く一般に開放された場所となっており、今も昔も庶民に親しまれ続けています。
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静岡浅間神社の 『旅シュラン』 評価スコア
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静岡浅間神社 情報
■所在地 静岡市葵区宮ヶ崎町102-1
■問合せ 054-245-1820
■HP 静岡浅間神社
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高さ25mの「大拝殿」の、楼閣のような「浅間造」に注目!
立川流の彫刻美を、とくとご堪能あれ!
26棟の国の重要文化財をはじめ、境内にある社をすべて見逃すな!
温泉マイスター 星★聖
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